益子弘子さん
スピリチュアルライフコーチ
tokyo

【喜びそのものになる】

一番苦しいのは、本来の自分じゃないこと。家庭や置かれた環境の中で、そうなっちゃたのは苦しい。

 

 

でも、自分らしく輝いて、楽しみたいと思うことを諦めないで持っていれば、同じソウル仲間に出会って助け合えると思う。自分に向き合っていけば、自分が統合されていける。

 

魂が喜ぶことをしたい。食べることも光ること。ここ(胸の真ん中)を光らせることなのよね。美味しいものを食べることは、喜ぶこと。

みんなで「喜びそのものになる」ことですね!

- 「今あるのは、完璧なまでにこれまでのことがあったから」と、始まる前に仰っていましたが、そう思えることの始めの出来事は、どんなことからだったと思いますか?

 

息子が病気を持って生まれたことですね。

 

可笑しな話ですが、その時ワクワクしたんです。なんせ、まだ1歳にもなってないんですから、自分の手で、なんとか出来るんじゃないかって思ったのです。



 

ー そう思ったのは、どういうところからなのでしょうか?

 

80年代から、分子レベルの栄養学などを学び、細胞って死んで、常に生まれ変わっているでしょう?

 

基本、生まれて死んでいく細胞を、何か科学的なもので取り除くことは、不自然なことだなって思っていたのですね。

 

結婚してすぐ、仕事のストレスから元旦那の持病がぶり返して、娘もアトピー性皮膚炎になって、私自身も体が弱くて。

 

そんなこともあって色々と調べて学んで、まずは、「食」を変えることとわかった。食を変えることで、娘の病気はみるみる良くなっていったのです。



 

ー なるほど。色々な学びをされて、また、娘さんのことからもあって、それで変えられると思ったのですね。

 

それが大前提にあったの。しかも、まだ1歳(息子)でしょ?

 

いくらでも変わるんじゃないかと思ったの。ここにワクワクしたの。目の神経の未発達という病気だったので、もしかしたら治せるんじゃ無いかって、なぜか、人間の持っている力をどこかで信じていた。

 

それとね。ある日突然、不思議体験が起きた。いま思えば、息子がそれを持ってきたと思うのですよね。



 

ー その、不思議体験とは?

 

33歳のある時突然エネルギーが見え、感じるようになった。

 

それは、息子を出産して、しばらくして見えるようなった。息子を通して、自分をそこに戻すためだったのではないかなと思っています。

 

色々な不思議な体験が、一杯あった頃でしたね。



 

ー まるで息子さんが持ってきたと思われた特別なギフト。見えないことが見え出したのですね?

 

実はその頃、離婚を考えていたの。嫌いになれない夫に対して、モヤモヤしていた時期でもあった。

 

それでね、自分との繋がりというか、目に見えないものとの繋がりとの対話が始まって、離婚のことを聞いたんです。

 

そしたら、どちらでもいいって(笑)どちらを選んでもきっと、良きギフトはあるんだろうなって思いましたね。

 

その後、結婚10年目。

35歳の時に離婚しました。



 

- お子さんを抱えての決断、それは大変な決断でしたね。

 

私は「トンボ」みたいなの。前しか向いてないのよね。

 

大変と思いながらも、前しか向いてなかった。ビジュアルマーチャンダイジング(以下VMD)として、フリーでやり始めていたころでしたから、何とか食べては行けるかなとは思っていました。

 

ただ、一人で子供たちを抱えては、やはり大変でしたね。



 

ー 周りのサポートが今ほど整ってない時代ですよね?

 

そういう意味では、すごい子供たちには苦労させましたね。申し訳なかったなって思います。

 

でも、一番の決め手は、「私が笑える、笑顔でいられる人生を送ろう」と思った。

 

「私が笑っていられるには、どうしたら良いのだろうか?」って。守るものがいるから、泣いている顔を見せているばかりではいられないと思った。

 

それから、もう一つ。

 

「自分を嫌いにならない様にするには、どうしたらいいか?」って、考えていましたね。自分を嫌いになっちゃったら本当の自分からどんどんかけ離れてしまうと思っていて。

 

それは、なぜ、そう考えたのかといえば、自分を好きでいなかったら誰が自分を幸せにするのだろう......、誰かに幸せにしてもらおうという妄想は、すっかり消えていました。​

ー でも、そう考えていらしたのですね。

 

いまになってわかるけど、自分には「愛」という課題があったなと思う。これは魂の傷だったのだと言うことも、後でわかった。

 

私の両親は、私たち子供に対して開放的だった。

 

なので自由にさせてくれる、イコール愛と思っていた。それを元旦那に対してもそうしていた。お互いに自由に、だけど何かあったときに真っ先に助け合おうねというのが、結婚当初の二人の思いだった。

 

だから、同じだと思っていた。

 

結婚して彼自身にも色々あって、期待を裏切られたと思ったけど、それは単に寂しかった。後になって思えば、ものすごく寂しくって、それが怒りになってしまった。

 

これまでの悲しみが詰まって(自分の中)いたんですよね。

 

なぜ、私たちが出会ったのかもわかった。自分が自立することになって、初めて彼に依存していた、お互いに依存していたのだと思う。

 

これって、割とみんな持っている課題だと思う。本当に自立するって大変なことですよね。



 

ー 本当にそう思います。それで、VMDとして、フリーランスで歩き出したのですね?

 

はい、12年間やりましたね。だけど、子供が大学に行く頃、44歳の時に会社勤めを始めたのです。VMDの経験を持って企業に入ったのですが、今度はいきなり何十人も部下を持って、教壇に立つこともやりましたね。

 

人前で話すことなんて怖くて出来なかったのに、自分を解放してチャレンジしてみようと思った。とてもやりがいもあったのですが、それでも段々、コミュニケーションの問題が浮上したんですよね。

 

周りは高学歴で経験豊かな人たちばかり、変に力が入っちゃって、気づけば自分のメンタルが病んでしまったの。

 

周りには、心療内科に行って、ちゃんと診断をもらって休職にしてもらいなさいって言ってくれていたのですが、きっぱりと辞めちゃったんです。子供の学費を考えたら辞められるような状況ではないのですが、もう辞めたいと思って。

 

5年間頑張ってきたけれど、”自分を嫌いにならないためには?”、この問いがあったからですね。



 

ー なるほど。でも、大事な問いですね。

 

それでね、辞めてしばらくして、3.11、あの東日本大震災が起きた。

 

実は、自分のメンタルを病んで行く中で、自分と向き合うしかなかったので心理学を学んでいたんです。色々なセラピーやカウンセリング、NLPコーチング(神経言語プログラミング)など、たくさん講座やセッションを受けていました。

 

その先で、大地震でしょ?

 

あの時に思ったのは、これからの日本は、心の学びとか、自分で自分を律していくことが大事になってくると、ピーンと思ったのです。

 

だから、私の経験が役に立つかもしれない、そのタイミングじゃないかと思ったの。

 

 

 

ー 自分が病んだからこそ、自分を大事にすることを選んできたからこそですね。

 

最初は、栄養学を生かして食のアドバイスを始めました。そして、その後、”ライフコーチ”という言葉に出会って、食だけではなくて、マインドも。

 

実はこの時は、経済的に底の状態でした。

 

本当に色々あって、経済的にも大変な時期だったのです。これまでVMDとしてしかやってこなかったですから、集客のことなどわからない。




 

ー そうですよね。そんな中で、どのように今の活動に変わっていったのですか?

 

今の様な直感とか、見えない世界や体内のエネルギーを見ることをやるようになったのは、もっと先で、8年かかりました。というのは、自分の中では響いているもの(声、ビジョン)を、ずっと否定してきたんです。

 

これまで現実社会で、う〜んと頑張ってきた私としては、見えない世界なんて一番やりたくないことだった。

 

でも、不思議とドンドンそちらに行く様な出来事が起き、不思議な体験が起き、自分の内側で響いていることを、人様に伝える様になったら役に立つ喜びが積みあがる。そう思うようになったのです。

 

周りからも太鼓判を押して貰える様になって。自分の中のここにいく恐れとか、これまでのその否定や不安を統合して、これをやろうと思った。



 

ー とても興味深いですね。その内容がなんであれ、人は誰も恐れを抱えていますよね。例えば、留学したいと思いながらも、それが怖いというような。弘子さんのいう”恐れと不安との統合”とは、どういうことだと思いますか?

 

やりたいと思いながらも、ふっと力を抜いてしまう。

 

でもな......、とか言い訳が出て。この自分の弱さが出てしまうのは、何だのだろうかと考えていたのです。

 

私自身は嫌だと思っていたことに向き合うことが起きて、自分の弱さを知って、さらに尊敬するヒーラーさんに言われたことで、背中を押して貰えた。

ー 背中を押して貰える人に出会えるといいですね。でも、もし、それ以外で出来ることがあるとすると、それはどんなことだと思いますか?

 

本当に怖いと感じる部分をみていくこと。自分が持っているその不安を観にいくこと。

 

その不安や恐れが、どこから出ているんだ?と内観すること。



 

ー なるほど。お話しできる範囲で良いですが、弘子さんのそれはどんなものだったと思いますか?

 

私のは、「無価値感」だった。

 

子供たちがやりたいと思うことや夢を叶えてあげられない、その環境を整えてあげられないというのは、私には価値がないと。

 

それが、ガシッと自分の中に入ってて、その思いがあったから、環境を提供できない自分など、生きている価値がないとさえ思った。

 

だからこそ、自分のキャパシティー以上に頑張れたのだけど、それは、自分を無理させていた。これでもか、これでもかって、自分を痛めつけていた。



 

ー 自分の頑張りでもあったのだろうけど。

 

だからこそ頑張ってこれたのだけど。それは同時に、そうしなければ自分に価値がないと思ってきた。役割を終えてもそれが苦しみになっていた。

 

今度は、それを外さないといけない。



 

ー 心はとても深いものですね。でも、自分では気づけないですよね?なんせ、自分で頑張ってきたから、それらを否定はしたくない。頑張りの裏側が、自分の無価値感だったとは。

 

みんな、やっているでしょ(笑)

 

あの当時、シングルマザーってことで、一人のお母さんから厳しい態度を取られることがあったのね。ある時、私が義父母に子供たちを預けて、イタリアに旅行にいったことがあったの。

 

旅行から戻ってきたら、子供のクラスの父兄達から根拠もない噂を流されていたとわかって。それがクラス中に伝わっていて、とても悔しい思いをしたことがあったの。

 

それは、シングルマザーのくせに自由にしてることへの嫉妬だと思った。だけど、その噂を流した彼女を許そうとして、一度も対立しなかったのね。相当の怒りだったのよ。

 

これもあって、世のお父さんたちよりも立派に育ててみせるって、覚悟になった。



 

ー その悔しさ、悲しさ、怒りをを押し込んでしまったのですね。

 

良い人である必要はないんですよね。今だったらちゃんと言い返す。私は、悶々(気持ち)を家に持って帰らないって思っているの。

 

怒りをぶつけ返す訳ではないけど、思いをちゃんと伝えるのは大事だと思う。

 

エネルギーって溜め込まないで解消しておかないと、それがやがて悶々するエネルギーとなる。自分を大事にするとは感情的にならずに、冷静に言い返すこと。「あー言われたー」と落ち込む必要もない。

 

何か言われて、心がザワっとしたら、「それはどういう意味ですか?」と聞き返す。

 

みんな聞かないで妄想で、”こういうことだ”って勝手に想像して怒っている。ちゃんと聞くと、本意と違っていることも多いですよね。

 

子供のころは、特に親、周りの大人やメディアから、色々先入観や固定概念を植えつけられてしまっているんだよね。気づけば本当の自分が何なのか、わからないってことになる。

 

今でもいいのですよ?いつか言ってやろうと思うことがあったら、いま、言うの。

 

春美さん(インタビュアー)、あるでしょ?(笑)

ー アハハ、ありますね(笑)

 

いつ言うの?今でしょう!って(笑)

 

一番苦しいのは、本来の自分じゃないこと。

 

家庭や置かれた環境の中で、そうなっちゃたのは苦しい。本来の自分じゃない(感情を押し殺した)のは苦しいよね?

 

でも、自分らしく輝いて楽しみたいと思うことを、諦めないで持っていれば、同じソウル仲間に出会って助け合えると思う。自分に向き合っていけば、自分が統合されていけると思う。

 

去年はまさに、そんな体験をしてきた1年でした。



 

ー いまは主に、どのようなご活動をされているのですか?

 

心と体のエネルギーをリーディングさせて頂いて、今の現在地を診断表を作ってお渡ししています。

 

本来のエネルギーの姿と今のエネルギー、さらに魂、無意識、細胞レベルでリーディングして、どうなりたいかを引き出しながら、今話したような自分じゃない、不安とか恐れを寄り添って、一緒に外していく。

 

これは、思考と細胞のエネルギーの統合なのですが、情報社会で意識はどんどん上昇していても、追いついていないのは、ボディと脳細胞の活性化なのです。

さらにね、これらのエネルギーを、食べ物のモチーフにしてもお伝えしているの。



 

ー 面白いですね。食べ物のモチーフだと分かりやすい。

 

例えば、熟成されたトマトとか、同じトマトでもこんな色ですなどと。すでに30名くらいの方に受けて頂いています。

 

そこから、ご希望があればもっと深め、一人一人に合わせたオーダープログラムへ。

 

エネルギーが軽くなりました。長年の課題だったことがクリアになった。パニック障害で薬を長く飲んでらした方が、ひと月程で治っていった事例もあります。それからガンの告知をされた方が、少しづつ変化していったりとか。

 

本当にみんな、変わっていく。



 

ー ボディ、マインド、スピリッツのそれぞれのステージで、更に、それら全てを含めてのガイドですね。

 

そうですね、それぞれに合わせていきながら、内なる声を聞く。

 

自分が鬱になるまでは、人のことに興味が無かったんです。鬱になって心に興味を持って、それで人のことを考えるようになった。

 

こういうことを、「コインの裏返し」というのだけど、全く逆のことをするようになる。人生、真逆が一回くる。

 

それが、人生の青写真なのよね。

 

それまで人のためにやってきた人が、自分のために表現するようになるとかね。私のクライアントさんにも多い。それまで家族や周りのために生きてきた人が、今度は歌を歌ったり、自分の仕事を進んでいくとか。その逆もあったりね。

 

春美さん(インタビュアー)も、よく頑張ってきたね。

 

言わないだけで本当は一杯あったね。本質しかない人だから、インタビューもまた本質を引き出すのだと思う。逆を言えば、それ以外興味ない(笑)でも、これだけ色々あった人だから、それが魂の奥深さになって素敵よ。これはぜひ、受け取ってくださいね。



 

ー とても嬉しいです。ありがとうございます。弘子さんは、これから更に、どんなことをしていきたいと思っていますか?

 

歌を歌うこと。

 

声を出す、歌を歌うのは、自分のエネルギーを高めるためにも統合させるためにも、とてもいんですよ。

 

今度ね、仲間たちとライブをやるの(笑)

 

魂がテーマなので、魂が震える歌を歌います。そこに来て頂ける方にとっても、エネルギーワークになると思います。

 

それから、オーベルジュ(宿泊設備を備えたレストラン)の計画があって、色々な人の力を借りながら、土地を見に行ったりしている段階ですが、2022年を目指して動き出しました。



 

ー それは素敵ですね!VMDのセンスも活かしての空間、さらに、食、マインド、スピリット。弘子さんのやってきたことの集大成のようですね。

 

結婚式やパーティーなどが出来るような場所にもしたいと思っています。



 

ー 最後の質問になりますが、弘子さんのこれまでの経験、そしてこの活動を通してご自身の人生で、何を成し遂げたいと考えますか?

 

魂が喜ぶことをしたい。

 

食べることも光ること。ここ(胸の真ん中)を光らせることなのよね。美味しいものを食べることは、喜ぶこと。

 

みんなで「喜びそのものになる」ことですね!

Ms. Hiroko Mashiko

有限会社ファンティック代表取締役。日本ホリスティック医学協会 生活習慣病予防士、全心連認定 心理カウンセラー、NLP能力開発協会NLPコーチング、IHO国際催眠連盟ヒプノセラピストアドバンス、JOY Healing Healerアドバンス、一社スピリチュアルライフコーチ協会プラチナ認定講師。ボディ、マインド、スピリットを透視しながら、また食を通してライフサポート。

ホームページ:https://hiroko-mashiko.com/

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